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インドIT産業の歴史

2020-04-02 15:29:07

インドIT産業の歴史

IT大国として近年目覚ましい発展を遂げているインドですが、その歴史は誕生から現在に至るまで、

ステージ1: 1950-1980年。 インド初のIT企業が誕生した時代。

ステージ2:1980-1990年。 現在、インドのIT産業を牽引するIT企業がいくつも創業した時代。

ステージ3: 1990-2000年。 経済自由化によりIT産業の発展し始めた時代。

ステージ4: 2000年から現在。 IT大国として、インドの世界的地位が定着した時代。

と言うように、大きく4つのステージに分けることができます。 今回は、各時代の歴史や経済状況などを踏まえつつ、インドがいかにしてIT大国という地位を築き上げたのか、その足跡を辿っていきます。

右写真:バンガロールに本社を置く世界有数のIT企業であるinfosysの社屋https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ファイル:BangaloreInfosys.jpg

ステージ1 :1950-1980年

1950年代は、インドのコンピューター市場はIBMが独占しており、インド初のソフトウェア会社は、1968年に設立されたタタ・コンサルタンシー・サービシズ(以下TCS)と言われています。

TCSは、インド三大財閥の1つであるタタ財閥が設立しましが、タタ財団は以前より外資メーカーと協業で機器に付随するソフトウェア開発を行っており、そこからTCSが誕生しました。 現在、同社はインド最大手のITサービス企業に成長し、世界46カ国のオフィスと45万名超の社員を擁する世界有数のIT企業となっています。

 

その後、西側諸国では次第にソフトウェア開発の需要が高まっていき、インド政府はより多くの外貨を稼ぐ手段として、ソフトウェア産業に目を付ました。 72年、政府は「ハードウェアを輸入し、ソフトウェアを輸出する」という新計画を打ち出し、74年にインドでソフトウェア輸出が開始されます。ちなみに、前述のTCSはこの新計画を実施した最初の企業でとなっています。

インド政府が77年より外資規制導入の開始を決定すると、インドを独占していたIBMは撤退。76年、取って代わるように、元IBM 従業員を構成員としたComputer Maintenance Corp (以下CMC)が政府主導で設立されました。これは、IBM製メインフレーム(企業など巨大な組織の基幹業務用などに使用される大型コンピューター)のサポート体制を継続する必要があったためです。 画像:1952年に発表されたIBMの初のメインフレームであるIBM701。

出典: IBM archives https://www.ibm.com/ibm/history/exhibits/701/701_intro.htmly より。

ステージ2 : 1980-1990年

政府主導で進められたソフトウェア輸出は、国内ハードウェア産業保護のためにハードウェア輸入に高い関税をかけていた事、輸出入手続きが複雑である事、ソフト開発設備が未整備であった事などが障壁となり、期待していた成果は得られませんでした。

そこで86年、政府は方針を転換し、ハードウェア輸入税の減税や手続きの簡略化などの規制緩和を決定しました。これがIT産業への追い風となり、この間、Infosys(81年〜)、Tech Mahindra(86年〜)、Satyam(87年設立。2009年にTech Mahindraに買収) 、Hexaware Technologies (90年〜)など、現在のインドIT産業を牽引する企業がいくつも誕生しています。 加え、コンピューター機器メーカーの Wipro がサービス事業へ参入するなど、ITサービス業が展開し始めた時代でもあります。

画像:バンガロールにあるinfosysの社屋。

ステージ3 : 1990-2000年

この期間の一番大きな出来事は、91年に大規模な経済改革がなされた事でしょう。1947年にインドがイギリスから独立を果たすと、初代首相ネルー は、植民地時代の経験から欧米資本に頼らない国作りを目指し、社会主義政策・保護主義を進めます。

しかし、91年、主要貿易相手国であるソ連の崩壊や湾岸戦争による原油価格の高騰で財政が悪化、デフォルトの危機に直面すると、これまでの方針を転換せざるを得ない状況に陥ります。

同年、政府は産業・貿易の許認可制度を撤廃・公営企業が独占していた産業への民間参入を許可・関税引き下げ・外国からの直接投資を自動的に許可するなど経済の大改革を決定しました。

突然の変化に当時のインド人はかなり戸惑いを見せましたが、この自由化により多国籍企業が参入し始め、インドIT産業発展を大きく後押しする事につながります。例えば、IBM、EDS 等のアメリカ大手 IT サービス企業がインド拠点を設立。GE、American Express、British Airways、Citibank 等の大手欧米企業がITサービス子会社を設立し、自社の経理、人事、総務等のバックオフィス業務やシステム開発・保守をインドにオフショアリングし始めました。

ビジネスモデルにも変化が現れ始め、オンサイトモデル、グローバル・デリバリー・モデルなどの新しく画期的な手法も流入しました。 右画像:ネルー 初代首相 https://ja.wikipedia.org/wiki/ジャワハルラール・ネルー#/media/ファイル:Jnehru.jpg

 

 

 

 

2000年以降

インド技術者を活用するコストメリットは、既に80年代からアメリカでは知られており、西暦2000年問題の際には、アメリカからインドにかなりのプログラム書き換え案件が委託されました。 その後、2001年ITバブル崩壊や2008年リーマンショックでアメリカ経済が停滞し、多くのアメリカ企業がインドにコスト削減のため業務委託することになりましたが、この背景には、西暦2000年問題で得た信頼と実績があるとされています。

 

インド企業もまた、この状況を商機と捉え、幅広い業務を行うようになりました。新しいビジネスモデルとしては、インドをハブとし、北米・欧州・日本を市場、中国・東欧・中南米をデリバリーセンターとする「グローバル・デリバリー・モデル」が確立されました。

 

一昔前までは、欧米にとってインドはプログラムの書き換えやバックオフィス業務の委託など、単純な案件をリーズナブルにこなすアシスタント的な立場に過ぎませんでした。しかし現在では、多くのインド人が大手IT企業やNASAなどで活躍し、マイクロソフト、アドビ、グーグルなどグローバルIT企業のCEOもインド人である事から、『IT先進国』として地位が定着しています。世界のIT産業を牽引し、変革を起こすイノベーターへと変貌を遂げたインドの成長に今後も目が離せません。

 

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